いい表情いただき作戦


今回の茜ちゃんへの連続シャッターは3コマ/秒ほどで刻むが決して数打ちゃ当たる℃ョではない。そんなことは考えたこともない。
いつも連続シャッターが切れるものではない。イケそうな時は何かピンと来るものがあるのだ。
そうでなければ、ただのフィルムの無駄遣いであるし、モデルにもいい印象は持たれない。そこを勘違いされると、困ってしまうのだ。
昨日アップしたダイジェスト版の最後の2枚なんかは、そんな中から生まれたものである。

撮影会でモデル対カメラマンの数が1:Nであっても、マンツーマンの個人撮影であっても、そういう空気を感じる時ってものがある。
マンツーマンで相手がまなちゃんなんかであれば、そんな雰囲気の中に浸りきってしまうことも出来るが、まったくそうでない相手だっているもんだ。

茜ちゃんとの撮影でも、2回目からそんな撮影が出来かけていたが、そういう部分の進歩があるから同じモデルを撮り続けることに意義があるのだ。
しかし、何度顔を合わせていても、こちらからアクションを仕掛けない限り、変化を求めることは難しいと思っている。

先日は10秒ほどで36カット一気に切ったが、そんなことはまなちゃんが相手でも、したことはない。せいぜい1分かけて撮り切るぐらいである。
それは、まなちゃんの動きならある程度読めるし、動きの流れも穏やかであるから、そのリズムに合わせれば自然にそうなる。

そこで茜ちゃんの時には、かなりの高速で連写を行なったのだが、個人撮影であればまた違っていたと思うのだ。やはり撮影会という多くのカメラマンを相手にして目まぐるしく変化する状況を一人で受け止めている茜ちゃんには、早めのリズムが合っているとその時には感じたのである。
しかし、しっかりと茜ちゃんの表情の変化を見ながら、それに合わせてシャッターを切っているのは当然のことである。
しかし、合わせるだけではいけない。それではモデルに主導権を握られてしまうことになり、モデル側から「ハイおしまい」なんてことになりかねない。

あくまでも、撮り手がリードするべきで、それが素人モデルであろうと茜ちゃんクラスであろうと変わりはしない。だから、茜ちゃんがシャッター音に合わせて表情に変化を出してくれるが、次、そのまた次を引き出せる感覚があればこその36カットなのである。

目的が36カットの中に、いい表情が混ざっていてればラッキーというものではなくて、いい表情を引き出すのが目的であるから、途中でピントが外れてしまっているのに気が付いても、お構いなくそれを修正しながら、そのリズムはキープしてシャッターを切り続ける。
そうやっているうちに、今まで見せてくれたことが無かった表情が出てくるのである。そんな時に、ピントが来てなければ、お互いの苦労は水の泡になるのだが、そういう時には何故か上手く撮れているものである。

次にダイジェスト版の2枚目は、かなりくだけた感じの笑い顔であるが、実際に声を出して笑ってくれているのである。
これは50mmでかなり寄っての撮影であるが、右手一本で2kgを超えるカメラを操作しながらの撮影である。まぁ、有り余る体力勝負の私得意の撮り方とも言えるが、左手には扇子を持っているのである。
この扇子は、駅前で宣伝用に配っていたブルーとオレンジのハリセン風の扇子なのだが、これを見た茜ちゃんが、派手なせんす〜って笑ったのを見た瞬間にひらめいた私は、私は85mmレンズを50mmに付け替えており、暑くて汗を滴らせている茜ちゃんの目の前までググッと寄って、パタパタとそのハデハデ扇子で扇いであげながら、撮りだしたものだから茜ちゃんが笑い出したというわけだ。
こう言うことって、普通は撮影会ではやってはいけないことなのかも知れないが、尋常でない暑さは誰もが認めるところであり、そんなその場の雰囲気の隙間を突いた瞬間芸であったわけだ。

また、同じダイジェスト版の最下段の左から2番目のカットなども、TS−E45mmで接近遭遇して撮ったものだが、ポートレートも撮りだして長くなると、こういう表情が欲しくなるものだ。
ただこのレンズ、ティルトさせるとMFでのピント合わせがかなり困難になるが、それでもモタモタする姿はモデルには絶対に見せるべきではないと思っている。とにかく接近した瞬間にもたつくのが一番いけない。多少外れていてもシャッターを切って攻めながら微調整するのがコツかもしれない。 
綺麗な茜ちゃんを綺麗に撮るのなら誰だって出来るが、こう言うカットに魅力を感じてしまうのだ。扇子といい、このアオリ撮影といい、結局は距離感が生んだその瞬間の空気感だと思っている。

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