モデルの個性とカメラマンの個性?


撮影会などで、モデルが複数になると陥りやすいパターンがあるのだが、それに気がついていない
人は結構多いのではないだろうか?
客観的に見て、モデルの顔が変わっただけで同じような撮り方になっている場合がある。
撮っている本人は、モデルが違う女の子に変わったことで、大きく変化が出せたように勘違いして
いるのであろうが、なーんにも変わっちゃいないように見える場合がある。

ピント合わせや露出にばかり気がいってしまって、ポートレートで一番大事なものを忘れているの
だろうか。
主催者とすれば、複数のモデルを起用する場合、似たタイプを並べるようなことはまずしない。
撮りだす場合、そのモデルの雰囲気に合った表現方法はあるはずだ。
それは、モデルの性格、ルックス、技量などの組み合わせと、撮影者の好みの問題であるから、か
なりのパターンに分かれることになる。

私がまなちゃんを撮る場合でも、彼女の雰囲気にマッチしたまなちゃんの良さが引き出せる撮り方
をしているつもりであるが、これまで10回以上撮影していて、まだ撮り尽くした気はしないのだ。
それに対して、モデルが入れ替わっただけの写真にしか見えないのは、どうしてだろうか?
それは、第一にモデルをよーく見ていないんだろうね。本人は見ていると言い張るだろうが、ピン
ト合わせの対象としてしか見ていないと言い換えた方がいいのかもしれない。

もしくは「ポートレートとはこうなんだ」という凝り固まったモノがあって、どんなモデルでもそ
の枠に当てはめてしまっているのかもしれない。まぁ、当てはめてしまえるほどの、モノを持って
いたらたいしたものだから、そのようにしか撮れないのだろう。
それを個性だと主張できるほどの人がどれだけいるかは疑問である。

そんなことを、私も他の人が撮った同じモデルの写真を事前に見ていたから気がついたのだが、そ
のカメラマンが撮ったそのモデルは実に魅力的に見えていたのに・・・ なんで・・・?
あぁ、そうか・・・このカメラマンは誰を撮っても同じなんだ・・・。 と、こんなあんばいだ。

そのことに気づかされたモデルの写真だが、そのモデルを主役としたイメージが出来ていて撮影し
たと思える写真と、今回私が“?マーク”を付けた写真に開きがありすぎるのである。
それは、レンズワークや、露出決定、さらにはフィルムがどーのこーの、などの技術的なこと以前
の問題であると思われるのだ。
カメラ雑誌やネット上では、そんな情報が溢れているので無理もないが、「初心者だから・・・」
なんてことはまったく関係ない部分じゃないかな。

撮影会なのだから、自分の思い通りにならないので同じような撮り方になるのは当然であると考え
ているとすれば、大きな間違いだと思うわけ。そりゃ個人撮影に比べればハンデはあるかもしれな
いが、問題はそんなところにあるのではなくてー。

私が良いと思った写真と“?マーク”を付けた写真は、単に私の好みの問題なのかもしれないが、
それだけではないように思えてならないのだ。
確かに、良いと思っていた写真を撮ったカメラマンの撮影したそのモデルを見て、私も一度撮って
みたいと思ったが、“?マーク”の写真では、残念ながらそんな気を起こさせてはくれなかった。
「あーあぁ・・・このモデルの一番オイシイ部分が撮れてないじゃないか・・・」とは思ったが。
モデルはカメラマンに合わせてしまう部分があって、カメラマンがこう撮りたいと意思表示したっ
てことなのだ。

ポートレートっちゅーのは、ポーズをとったモデルにピントを合わせ、露出決定して、構図を整え
て撮るものには違いないが、このモデルのどこに魅力を感じて何が表現したいかが大事であって、
それを一番に優先して欲しいものである。
綺麗なモデルは、確かに魅せる部分はあるが、お気に入りの綺麗なモデルをあちこち追いかけて撮
っていると、綺麗な写真だけで終わってしまうような撮り方をしていることに何時までたっても気
がつかないのではないかな?

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